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デジタリアン

嵐ライブツアー2014 「THE DIGITALIAN」福岡3公演に入ってきた。京セラ公演が始まる前に、ツアー序盤の感想をすこしばかり。今年は映画館で見たハワイ公演があまりにも良かったのでそれで幕引き、かと思いきや。思いきや!

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ツアータイトルである「デジタリアン」という語の説明はいたるところでされている通り「デジタルと人間っぽいものの融合」「デジタル人間」「デジタル主義」だそうだが、このコンサートの主体は「デジタル」ではなく「人」のほうだった。デジタルを通して知る、人。

そして、全てに「敬意」を払ったコンサートだった、と思う。

櫻井ソロ、曲の前に翔さんが立ったまま英語でスピーチをした。そこでは「友達」の英訳は「friend」ではなく「real people」だった。実在の人。あなたにとってのreal peopleとは?じゃあ例えば画面の向こうのデジタル上の人は、リアルではないのか?というとそうでもなく、ただデジタルの何が進化し人々の生活がいかにそれに浸食されようと、デジタルなものを使うのは「人」にほかならない。
嵐は今回主に「ファンライト」での演出と自身の身体の動きとの「連動」を試みた。主体は「人」「手動」である。無線で自動制御されたペンライトは色んなライブで使われ始めて話題になっていたのでとうとうジャニーズもそれを導入したかというところ。ここまでは想定内だったが、ただの無線制御に止まらない人の手による操作や事前認証によるエリア別の演出が全面的に行われた。手動でポチポチとペンライトの色を変える演出は去年あたりからA.B.C-ZKis-My-Ft2KinKi KidsSexy Zoneが取り入れているのを見てきて、また声優イベントなんかでよく見られる「その人がソロで登場したり挨拶しているときはその人のメンバーカラーを点ける」という現象も自然と発生した。そしてジャニーズならではの文化「うちわ」のサイズにすることによってより幅広いイリュージョンを可能にした。
デジタルと人の融合、プロジェクションマッピングや映像との融合、電子音、というイメージから出発して、2D映像と3Dの組み合わせは2~3年前から嵐以外でも帝国劇場などでジャニーズが多用していた。ただこの表現で合っているかわからないけど、いわば嵐のいうデジタルはもっとアナログだった。例えばよくある「アンドロイドが意志を持つ」というテーマのアプローチからすると、デジタリアンは真逆だ。嵐のメンバーの身体につけられた装置が彼らの鼓動を数値化し、また彼らの身体の動きに合わせて音と光を操るという融合の仕方を取った。コックピットの意志や動きと機械が連動するというと、つまりガンダムよりはエヴァンゲリオンって言えばいいんだろうか。

ステージの形も斬新、3年ほど前から取り入れたかった世界的に有名なところのデザイン制作だそう。氷山のような?鋭角なメインステージのスクリーンは斜めの角度のためサイド席からでも見ることができる(ただし逆サイドは死角)。しかもコンサート中、左右で反転した映像を流したりもしている。下手側のスクリーン、よく見たら見慣れたはずの嵐の顔に違和感があって、やっぱり人間の顔って左右対称じゃないのだと気づかされる。これもまた、デジタルを通して知るヒトの話。
技術的な話だと、キスマイ東京ドームで話題に出ていた後ろのスピーカーが福岡ドームにも設置されていた。もしかしたらSMAPも置いてるのかな?そのおかげなのか、スタンド席でも大野さんのソロの歌声がとてもクリアだった!と思う!智のソロパートが1番分かりやすい。音質はもとより遅れがない、というのが効果だそうで、視覚と聴覚のズレの是正って一般のアーティストよりも歌って踊るアイドルにはとても大事なんじゃなかろうか。例えば20年後にはもっと進んだものが出来ているだろうけど、その時々の最新技術を取り入れて反映していくのもまたジャニーズコンサートの醍醐味である。
そして今年もまた活躍したムービングステージ、今回は中央を尖らせたブーメランのような、飛行機の翼のような、「ウイング」と呼ばれる形になっていた。ドームのアリーナを横切るほどの巨大な翼。初日のMCで翔さんが触れたように、Takeoff!!!!!で動き始めた瞬間、会場からおぉ…と感嘆の声が漏れた。彼らを乗せた翼が離陸して、高らかに「My fellow,」と呼び掛けられた時、ここまで来て良かった、と思った。嵐が今ここにいて良かった。もしも2014年の嵐が2004年くらいの時と変わらない規模だったとしても、それはそれできっと誇らしくこの声を聞いてただろうとは思うし、逆に言えば規模が大きくなりすぎたことを未だに受け入れられない部分がないことはないけれども(チケットが取れないとかチケットが取れないとか)、それでもわたしは嵐が売れたことと、自分がずっと嵐のファンであることを勝手に誇りたいんだと思う。ファンに特定の呼称をつけることの良し悪しはあるし、名前がついたことで一人歩きするなにかというのも「エイター」「ハイフン」などで見てきたし、でも、それでもちょっと、嬉しかったんだ。今後特に使わないと思うけどw「アラシアンズ」(アラシックのほうが名詞ではなく形容詞として用いられる分使い勝手は良さそうだった)。二宮さんが16日の挨拶で、母体である我々が15周年を祝われるならそれについて来ている皆さんも祝われていい、皆さんもおめでとう、という話をした。いや3年前からですけど?とか先週知りました!って人もいるかもしれない、と付け加えながら。翔さんの言う「嵐」は「5人がフロントマンとして居るけど、スタッフ、ファンの人…みんなを含めての一大プロジェクト(パンフレットより)」という言葉も合わせて、彼らの気持ちを受け取る。嵐は規模が大きくなりすぎたゆえに、その輪の中に沢山の色んな人がいることをものすごく気に掛けてくれるようになった。輪の中の人が疎外感を感じたり溢れてしまうことにとても敏感になった。ハワイの公演で、会場にはいない人も、ライブビューイングに来てくれた人、来られなくても成功を祈ってくれている人を挙げて謝辞を述べた。そんなんだから、相葉くんが映画の初日舞台挨拶で会場の皆さんにひとことって訊かれて「映画を観た人もまだ観てない人も」って言い出しちゃうんだけどwいや映画館の人は皆見てるから!上映後舞台挨拶だから!wwって共演者から突っ込まれつつ。そんな嵐が「5つの輪の向こう」の歌詞では五本指を広げ、「6の輪の向こう」ではスッと腕を伸ばして前方を指差した。会場のわたしたちの方へ向けて。

また今年斬新だったのはステージや照明や音響だけではない、なによりセットリストの構成である。本編が約2時間。殆どがアルバム曲、ソロが5曲、シングルのカップリングも含め、分かりやすいシングル曲が少ないし、あったとしてもリミックスアレンジかかってたりするし、なにより嵐のドーム公演にしては短い!2時間かっきり程度で、Zero-Gを歌い終えた彼らはすとんっとステージ下へ飛び込んで消えた。余韻も挨拶もお手振りでの退場もなにもなし。初日はスクリーンにツアータイトルが映し出されたまま、しばしの沈黙が落ちた。お、終わった?これで終わりでいいの?チラホラあがるアンコールの声もあったが、ぽかんとした会場がそれに続かなかったため自然消滅。数分後、スクリーンに映像が流れ、気球に乗って一張羅を着た5人が「アンコール」として再登場するわけだが、まさか一部では機材トラブルによる中断なんて話になっていようとはw確かにそう思うのもわからなくはないが、今回はMC明けにツアーTシャツを着て出てきた時点で「これはきっとアンコールに何か仕掛けてるね」という話を友人としていたので(嵐はアンコールでツアーTを着るのが恒例)、どちらかというとワクワクそわそわしながら待つ気持ちの方が強かった。それでも流石にアンコールを呼ばれなかったことを気にしてか、15日公演からはスクリーンに「THE END」の文字が出るようになった。舞台下へ飛び込む演出はそのままに、今度はちゃんと嵐コールが起きるようになった。

初日と15日の変更としてはもう一点、Hope in the darkness前の演出。真っ暗な会場、無音の静寂の中、嵐のメンバーがひとりずつピンスポを浴びてステージに現れ、センサーをつけた腕や体を動かすことで楽器の音が鳴り、会場に光が走る。ひとりひとり担当する音や照明が違って、それを組み合わせて「演奏」をする。そして翔さんの合図で会場のファンライトが一斉に灯り出す。ここが今回THE DIGITALIANの最大の見せ場と言っていい。この時に、初日は会場の静けさをいいことにメンバーの名前などを叫ぶ声が聞こえた。叫び厨はひとりではなく、こだまみたいに増えていって、しょうくーん!とかにのー!とか、中には男の人の声も混じって会場に笑いが起きたりもした。それでも、嵐はぴくりともせず演出を進行してやりきった。そのあとも別にそこについては誰も触れたりはしなかった。でも次の日、静寂の間合いは心なしか短くなり、わたしは気付かなかったのだがまったくの無音から効果音のようなものを流すようになっているというレポを見た。16日は気を付けて聴いていたら確かにヒーリング音楽のようなものが流れるようになっていた。15、16日は叫んだりするような雑音はなかった。本当は「無音」を作り出すことにこだわりが合ったのかもしれない。静寂から、5人が紡ぎだす音が少しずつ重なっていくところを見て欲しかったのかもしれない。コンサート番長・潤くんは完璧主義で、おそらくものすごい熱意を持ってこのパートも考えたはずだ。でも、翌日即ここに変更を加えた。
考えた演出へのこだわりというのを、ハワイの舞台裏を流してくれた番組で見たばかりだった。二宮さんが腰を痛め、ジャンプアップが出来ないかもしれないという局面。潤くんは自分の身体のことを一番分かっているのは自分自身、というパフォーマーからの視点とニノのプロとしての信頼と、それから勿論ニノの身体を気遣って、ニノの身体を優先するつもりで「スライドでもいいよ」と言った。でも、ああ、ダメだよ潤くん、その言い方だと、ニノはきっと大丈夫って言っちゃう。出来ないなんて言わない。そう思いながら息をのんでいたら、スッと現れた大野さんが「スライドにしようよ」ってただそう断言した。ここ、ちょーーーーかっこよかったよね…っていうのはともかく、そのぐらい、演出の一個一個がこだわりの結晶なはずなのだ。つい「スライド“でも”いいよ」って、言い方になっちゃうぐらい。誰が音楽を流してもいいよ、って言ったのか、そっちのほうがいいじゃん、ってなったのかはわからないけど。それでも、どうにか学級会みたいなことも引き起こさず、逆に音を流すことでこの場面は静寂を守った。美学を守ったのである。

2部構成のアンコールは、15周年らしく発売年順に並べられたシングルメドレーだった。衣装はハワイオープニングの真っ赤なスーツ。基本的には「アンコール」だ。嵐はあんまり踊らない。でもハワイ公演でしっかり見せ場として丁寧に踊っていたので、これはその15周年コンサート「BLAST」の凱旋公演ってことなんだろうと思った。嵐は随所に散らばって会場の色んな所へ挨拶に行く。嵐のコンサートは動線が凝っていて、本当にどこの席でも5人がまんべんなく近くへ来るように采配されている。立ち位置が偏らない。そしてわたしはこの10年嵐のコンサートに行っていて、本当にいつの公演でもどこの席でも一度は翔さんがこちらを見た!と思う瞬間があることに感動し続けている。あの人、外周を動くときは一度目にスタンドを見ていたら次に通るときはちゃんとアリーナを見ていたりする。徹底的に、どこの席のことも一度は見る。今回スーパーシートの天井一番端で入った日があるのだけど、例外なく。個人ファンサは一切しない、でも目が合うので近くに来たら絶対に翔さんのことは見たほうがいいwそしてドームクラスでも嵐はうちわが目に入ればリアクションしてくれるし(MCで「15周年おめでとう」なんて団扇があったと触れたりする)、大野さんなんかは運が良ければ個人ファンサもしてくれたりする。アリーナや最前に限らず、スタンド中ばくらいにめがけて釣りをしているのをよく見る。代わりに、客席に降りてタッチとか、トロッコで上から手を出したり、そういうのは近年しなくなった。危ないからだと思う。Sexy ZoneやJr.界隈の過熱するファンサ抗争に批判的な声もよく見るが、わたしはジャニーズのファンとのうちわ交流は節度を守れば悪くないんじゃないかな、とドームや国立クラスの嵐を見ながら思っている。
シングルメドレーは、ハワイに来られなかったファンと15周年を祝うための、それから嵐のコンサートに馴染みの少ない人でも最大限に楽しめるような選曲と飽きさせないような尺であり、そして自分たちが踊らない代わりにジャニーズJr.が精いっぱいオリジナルの振り付けを踊ってくれる。今回、嵐コン史上稀にみるJr.の扱いの良さであった。もちろん他のグループのバックに比べればエビキスコンのほうがまだいいかもしれないんだけど、それでも嵐コン比でいうと、格段に。まず衣装の仕立てが良い、種類が多い、前半の挨拶でJr.紹介がある、彼らは補助作業や裏方ではなくダンサーとして表舞台に立つ仕事を丁重に任されていた。そしてHappinessで動き出した前陣の小さなムービングステージにはThey武道3人だけ、メインウイングの中央には"MAD"の2人、その両脇に大野相葉、さらに両翼にはMADEが左右2人ずつが立って踊った。本来ならぜいまどどちらかの位置に天然ふたりが居ていいはず。だけど、この時のJr.に渡した景色は嵐からのプレゼントなんじゃないかって思った。最前列に立って進むムービングステージから見る客席はきっと圧巻でしょう?この光景、覚えておいてね。(もしかしたら、先々のために。)まるでそんな声が聞こえるような。

新規のお客さんのために知っている曲を、といって譲歩したり擦り合わせたりしない、最初から上級者コースの難易度の前半のセットリスト、そこからのシングルメドレーのアンコール。仕掛けとしてもステージとしても新しい試み満載のステージに、初日の潤くんは「緊張した」と言っていた。16日にも「わかりづらい部分があったかもしれないけど…」と不安をのぞかせていた。でも翔さんは「どうですか皆さん、この松本くんの創ったコンサート」と自慢げに訊いてきた。正確には、「松本くんのつくった、いや5人で作ったコンサート」と言い直した。そう、あくまでこれは5人のクレジットで作られたものなのだ(そもそも翔さんはコンセプトにおいては常に潤くんの共謀者である、というかどっちかというと首謀者である)。二宮さんは、2日目の挨拶で本編が短くて後半1時間アンコール?という構成を受け入れられないかもしれない、とそっと補足説明を寄せた。これで初日のトラブルによる中断では?という疑問は拭われた。二宮さんがハワイの挨拶で堂々と「来てくれた皆さん全員が楽しめるものを作ったつもりです」と胸を張っていたのは記憶に新しい。こうまで言い切るのは珍しくて印象的だったから、たぶんこれが二宮さんの矜持なんじゃないかと思った。二宮さんは周囲から求められる「アイドル」という仕事であることにとても強く思い入れている人である。と、硫黄島を経たインタビューの端々から汲んでいる。そんな彼が、挨拶でちょっと補ったりしながら、それでも「全員が楽しんでくれる」という信念の範囲としてこのデジタリアンを押したはずなのだ。潤くんを信じて!
実はKinKi Kidsの光一さんが「お客さん全員の要望に応えるなんてことは無理、だから自分は最上のものを作るだけ」と何年も前から言っているのを知っている。わたしはこれがとても好きだしクリエイターとしての光一さんのことをとても尊敬しているけど、それが必ずしも全員の正義ではないことも知っている。「新しいことを、自分たちの好きなことを」「全員の人が楽しめるものを」その両方の信念を抱えて、すべての着いてきてくれる人たちを零さないように気を遣いながら、長年のファンにも、新しく来た人にも、出演者のJr.にも、すべてに敬意を払いながら出来たものが「THE DIGITALIAN」だった。15周年という区切りの今年のコンサートが、今後の嵐が掲げるひとつの指標になると考えられる。

 

「この背中 風を感じて」
「風よ Let's go 颯爽」
つらいとき、山を乗り越えるための風を吹かせてくれる、楽に乗り越えさせてくれる、そんな風でいてほしいと、数年前に潤くんはファンをそう例えた。

「最高のSTAGEを贈るよ」
「HANDS UP これからもずっと MOVE ON 踊り続けよう」
「夢乗せた翼 舞うからまだまだ」
具体的なステージの約束と、未来への展望を込めた言葉。

「FLY HIGH 終わりなき旅へ ついて来いよ共に行こう」
「Come in now Come in now baby いくつもの空 越えていこう」
STAY GOLDもTake Off!!!!!も共にイメージは飛行。ちょうどJALのCMのお仕事があってよかったねw5人の航路の先をずっと見続けていたい、と思った。思わせてくれた。16年目も、これから先の嵐も、もっともっと楽しみになるコンサートだった。
見通し良好、風も吹いてる。

それから最後に、一番大事なことを。

今回のツアー、全セットリストを通して
「Disco Star」ぶっちぎり優勝ですありがとうございました!!!
超楽しいよ!!!!!!!!